大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(う)1440号 判決

主文

原判決中被告人森田昭勝同谷本幸雄に関する部分を破棄する。

被告人森田昭勝同谷本幸雄を各懲役壱年に処する。

原審における控訴費用中≪中略≫

被告人八木茂、同助台敏夫、同清水孝一同南部敏明、同酒井猛に対する検察官の本件控訴はこれを棄却する。

被告人八木茂、同助台敏夫、同清水孝一同南部敏明、同柳田重治、同小林保、同杉本英八郎、同大植儀三郎、同津田益治同木本秀雄、同宗形勅雄、同仲義巳、同稲生亨、同植松元男、同楠本明男、同清水郁夫、同丸田達雄、同伊藤和夫、同渋谷勇二、同桜井真一、同斎藤勇、同柏民宏、同酒井猛の本件控訴はいずれもこれを棄却する。(被告人森田昭勝、同谷本幸雄の本件控訴についてはいずれも前示の如く原判決を破棄し自判するのであるからここには掲げない。)

理由

各被告人の本件控訴の趣意は記録に編綴してある各被告人の弁護人古川毅同東中光雄共同提出の控訴趣意書被告人本人植松元男同八木茂、同稲生亨、同南部敏明、同酒井猛、同森田昭勝、同清水孝一、同大植儀三郎、同杉本英八郎、同助台敏夫、同斎藤勇、同木本秀雄提出の各控訴趣意書に記載するとおりであり、又検察官の本件控訴の趣意は同じく記録に綴つてある大阪地方検察庁検事正代理検事町四郎提出の控訴趣意書に記載するとおりであつて、これに対する答弁は同じく記録に編綴してある被告人森田昭勝、同八木茂、同清水孝一、同南部敏明、同助台敏夫、同谷本幸雄、同酒井猛共同提出の答弁書に記載するとおりであるからいずれもこれを引用する。

弁護人古川毅、同東中光雄の論旨第一、第二点について、

先ず論旨は原判決が日本出版販売株式会社労働組合大阪支部のストライキを違法ストライキであると認定したのは誤であり、本件争議は正当な組合活動であつて、正当な組合員の行動に対し警察官を乱入させたのは公務執行でない旨主張する。しかし原判決を査閲すると所論ストライキの発生、経過について原判決は「日本出版販売株式会社が昭和二十八年七月十九日頃大阪営業所の作業係にして同会社労働組合大阪支部の教育宣伝部長川端章夫に対し京都出張所への転勤命令を発するに及び右組合支部員多数はこれを目して会社側が具体的に組合弾圧に乗り出して来た証左であるとして重大視し、四月二十二日職場大会を開き右川端の転勤反対を決議し同会社大阪営業所長小林基治に対し転勤命令の撤回方を交渉したが同所長より峻拒されたので、ここに実力闘争による要求貫徹以外に途はないと考えるに至り、漸次宣伝活動が活溌化し同年八月四日再び職場大会を開き会社に対する実力闘争の方策を討議すると共に、さきに営業所の社屋移転の際組合員の残業時間が百時間以上に及んだにも拘わらず、会社では一方において得意先等に対し社屋移転披露宴に二十数万円の経費を支出しながら組合員に対しては一人当り二百円の祝金しか支給しなかつた点を問題にし一人当り五千円の移転手当を会社に要求することを追加し会社がこの要求をいれない場合には同盟罷業もやむなしとする事を決議し、更に右要求貫徹のために闘争委員会を組織し、森田昭勝を闘争委員長、浅田庄三、古林利一、小林保等をいずれも闘争委員に選任した。森田昭勝はその頃大阪出版株式会社の代表委員長坂本一より組合に対する専任指導者として日本共産党北大阪地区委員と云われる相川こと酒井猛を紹介され、その指導を受けるようになり、八月九日組合側は会社側に対し八月中に組合の承認し得るような回答を得ない時は八月十一日より同盟罷業に入る旨を通告した。一方八月十日東京の日版本社において、小林営業所長、古林利一等も出席して会社側と団体交渉を開き、その結果会社側は席上同会社々長より川端章夫の転勤命令を撤回する旨を言明しなお移転手当の問題はひとり、大阪営業所にとどまらず東京、名古屋等各地についても同様の問題があり、会社全体の問題であるから後日東京において本店と組合本部の間で交渉をもつとの回答をなし、尚非公式に会社各課長が拠金して大阪の支部組合員一人当り千円位宛を支給するから罷業は見合せられたいとの申入れをなし直ちに右結果は大阪の組合支部に電話連絡されたが組合支部では出所不明の金は受取れず、転勤命令の撤回は文書で出すべきこと、移転手当は即時支給さるべきことを主張して譲らず翌八月十一日より罷業に入つた。会社本店においてはさきに事態が紛糾し、小林営業所長には何らの決定権もないので、極力罷業を防遏し、之が解決に当らせるため取締役石井晋を西下させたのであるが右の様な事情で罷業に入つたので、対抗策として組合に対し事業所閉鎖の通告をなすと共に暫定措置として別に仮営業所を設けて業務を開始し、次いで八月十二日頃東京、名古屋、京都等各地に勤務する社員約二十名を大阪に集め同社員等をして罷業組合員の監視線を強行突破して営業所建物を奪還させようとしたが、組合側が予め情報を得て表入口通用門硝子戸等に内部より障害物を構築し更に消火用ホースで放水する等の措置をとつたので、之が目的を達することができなかつた。他方組合支部においてはさきに森田が個人的に争議の指導を依頼した前記酒井猛及びその関係に連なる南部敏明、清水孝一等が八月十一日頃から組合の闘争本部に参集し、争議の闘争方針に参画していたのであるが、右のような会社の強行策に対応するため、外部団体の応援を求める必要を感じ、各所の労働団体等を歴訪して応援方を依頼し、又その頃杉本英八郎、谷本幸雄、木本秀雄、助台敏夫、植松元男、柳田重治、大植儀三郎等が順次前記営業所に参集し、争議の指導応援に参加するようになつたのであるが、反面本来の組合員は東京の組合本部が大阪支部の争議を統制違反であるとして之に反対の態度を執り遂には争議中止命令すら発するに至つた等の事情により次第に争議より脱落して残留者は十名に満たない有様となり、八月十九日頃から更に、八木茂、津田益治等野沢発条株式会社従業員数名が組合の争議応援のために来集するようになり、争議の遂行は専らこれら外部よりの応援者と組合の少数幹部によつて構成される会議によつて行われるようになり、争議の主導権は外部応援者の手に移つた。このような状勢下にあつて、日版会社の争議発生以来書籍の仕入に支障を来していた書籍小売業者の間では争議の早期円満な解決を望む声が強くその与論を代表して、三月書房店主宍戸恭一、トツパンセールズ社員数野泰吉、青泉社店主木村英造の三名が会社と組合間の争議妥結の斡旋に乗り出し、八月二十一日斡旋者側より出された所謂停戦案を双方が受諾し、双方は同日を期して一切の行動を停止し、会社側は争議破り等をしないかわりに組合側も外部応援者を退去させ、赤旗ビラ等を撤去し、その上で双方の交渉を進めると云う事に決つたのである。」との旨摘示するだけであつて、本件争議の発端推移経過を事実に即し記述したに過ぎず右支部のストライキ自体を違法のものと認定したとは解し難い。そして原判決は前顕摘示に引続き「之より先八月十九日夕刻頃森田昭勝がたまたま一年位前より書籍小売店の店員として日版会社に仕入に来たことがあるので顔馴染の青井弘行を営業所内に招じ入れたことから、同人は爾来外部応援者の仲に加わり極めて活溌にして過激な活動を開始し始めたのであるが同人の挙措には不審の点多く殊に同人が日本共産党員であると自称し、以前に和歌山の水害地に工作に行つたことがある等党員として重要な活動を行つて来た者である事を吹聴するところから当時酒井猛をはじめとして外部からの応援者中には日本共産党員が多く、右青井が党員であり、且つ左様な活動を行つたことを関知していなかつたので同人につき強い疑惑の念を抱く様になつた。」旨説示認定して、それが直接の動機となつて、原判示第一の如き監察傷害次で同第二の如き公務執行妨害、傷害の各所為が行われたことを認めておるのであるから叙上争議の顛末組合活動の如きはこれが認定に関し原判決が仮りに所論のような誤に陥つているものとしても本件各犯罪の成立に影響を来すべき事項とみることはできないのである。即ちそもそも勤労者の団結権団体交渉権その他の団体行動権は憲法第二十八条の保障するところであるが他面憲法はすべての国民に対し平等権、自由権、財産権等の基本的人権をも保障しているのであつて、前者の権利の無制限な行使を許容しそれが後者の基本的人権に絶対的に優位することを是認するものではなく、従つて憲法の保障する争議における場合と雖も刑法所定の監禁、傷害、公務執行妨害等の暴力的行為が行われたときには前記勤労者の権利行為の正当性の限界を逸脱したものとして違法であることは勿論である。そして記録に徴するも、所論の如く本件争議における青井弘行の役割が意識的スパイ活動即ち官憲による団結権侵害行為であり、官憲(警察官)が同人をスパイとして送り込んだものとは到底認め難く、右青井に対し原判示第一の如く監禁、傷害を加えるが如きは正しく刑法所定の刑罰に触れるのであつて、前記勤労者の権利実行の範囲に属するものとして許容されるべき所為ではない。又右のような監禁傷害被疑事件があつたため、大阪市警視庁捜査第三課警部大庭悦次等警察職員百十数名は大阪地方裁判所裁判官上岡治義発布の適式な捜索差押許可状を携え日本出版販売株式会社大阪営業所に到り該許可状を示した上同営業所内部の捜査を実施しようとしたことは原判示第二事実の全般につき原判決の掲げる関係証拠を綜合すれば十分これを認め得られるのであつて、この警察職員の措置は法律上容認せられた職務執行行為であり、警察職員が故なく、或は不当に同営業所内へ乱入したものと解することもできないから勤労者に団結権のある故を以て犯罪被疑事件につき適法な捜索押収をなさんとする警察職員の職務執行を拒否し得るものでなく、これに対し原判示第二の所為に及ぶが如きは正に公務執行妨害、傷害罪に該当することは多言を要しないところである。≪中略≫なお弁護人は青井弘行は明かにスパイであり、警察がこれと一体をなし青井と警察との連絡が絶えず何等かの方法でなされていた旨縷々主張するけれども所論に鑑み記録に徴しても同人が間違なくスパイであつて、警察との連絡がなされていたとの事実は未だ確認するに足りないのであり、原判決が当事者の主張に対する判断」の項において青井弘行につき「所謂スパイではないかと疑うに足りる高度の理由があつた事は認めるに十分であるが同人がスパイであつたと断定するに足る証拠はない。」と説示認定したことは支持さるべきである。原判決のこの認定は右青井がスパイではないかと疑われる高度の理由があつたにしてもそのことだけで同人をスパイと即断することはできないとの意味を表現し、かかる推理認定自体につき所論の如く矛盾撞着等論理上の法則違背のあるものとは解し得ないのである。次に又所論は青井弘行のスパイ行為のため被告人が当時行使中の憲法上保障されている団体権争議権が破壊される危険が現在差し迫つており、かかる時に青井をしてスパイ事実を告白させ、スパイの役目をさせない、労働者を裏切らせないため本件所為に及ぶのは正当防衛或は緊急避難としての権利があり又許さるべきものであるように主張するが前示説明の如く青井弘行が所論スパイであつたとは未だ断定し難いところであり、同人のスパイたることを前提としての正当防衛或は緊急避難等の主張はあたらないのみならず、右青井がスパイでないかと疑うに足りる高度の理由があつたにしても同人を被告人等の団結から排除するに当り温和な説得による等社会通念に照し当然性、妥当性が認められる行為に出るは格別本件の如き監禁、傷害等の暴力の行使に及ぶことは刑法所定の正当の防衛、緊急避難にいう「巳ムヲ得サルニ出テタル行為」と断ずることはできないのであり、勤労者の団結権、争議権行使の正当性の限界を逸脱した到底許容されないものと解しなければならない。

以上のとおりであつて、記録を精査してみても原判決には所論のような違法は何等存在しないから論旨は理由がない。≪中略≫(7)被告人南部敏明は公務執行妨害の事実はないと主張する。

しかし原判決挙示の判示第二事実に関する証拠によれば被告人南部敏明も他の被告人等と共に犯意共通の上原判示の如く大阪市警視庁捜査第三課警部大庭悦次等警察職員百十数名がその職務行為に属する日本出版販売株式会社大阪営業所内の捜査を実施しようとした際門扉を閉ざし、机、腰掛等を積み重ねて障碍を築いた内側から前示警察官等に対し罵言を浴せて、入門並びに捜査の実施を拒否し、警察官が実力により門扉を引きあけようとするや、之に対しバリケードを補強し門扉の間から棒でつつき、二階から椅子を落下させ消火用ホースで水をかける等の暴行をなし、警察官の入門に際しては全館一斉に消燈し、引続き同所並びに営業所構内において消火用ホースで放水し、棒等で殴りかかり、椅子、棒、バツト、下駄、ビール瓶、石塊、金槌、書籍等を投げつける等の暴行を加え、その間被告人南部敏明は火焔瓶用意などと叫び乍ら他の者に棒を配分した事実を肯認するに足り同被告人が公務執行妨害罪の犯責を負わねばならぬことは明かである。又同被告人は原判決の認定は証拠によるものでなく調書中心主義であつて公判中心主義の原則を逸脱しておるというがそのようには解せられず公判廷外における供述を録取した供述調書と雖も一定の条件の下にこれを罪証に供し得ることは刑事訴訟法の規定上明白であつて原判決の採証方法に違法あるものとなすことはできない。そして又所論のように各供述調書が黙否権行使の不可能な状態の下に作成されたものとは記録上認め得ないのである。≪中略≫

よつて主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 吉田正雄 判事 山崎寅之助 大西和夫)

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